2009.12.29[Tue]
「呼吸と鼓動」
「意識の入り込りこむ余地のない美」というものを無条件で信じているところがある。それは絵の道を志した頃から現在に至るまで根底の部分ではずっと変わっていないし、感性の一切の限界を超えた彼方にあるものを見ようとする妄想が働くものをいつも求めている。それは道を歩いていて、突然目の前にゴロリと横たわっていたりするもので、たいてい予期せぬ場面で不意に遭遇することが多い。誰一人として見向きもしないような朽ちたゴミやガラクタ。今にも崩れ落ちそうな廃墟の壁の染みや残された楽書き、そこにまとわりつく気だるくズレた時空間。突然吹いた風の端にはりついた褐色の既視感…。その瞬間、いつも自分は呼吸と鼓動が浮遊する感覚に襲われる。
人間は一生のうち、呼吸は6〜7億回、心臓は30億回鼓動するのだという。普段は意識にすら上らず生命の維持活動としてオートマチックに行われているものなのであろうが、こうした「意識でない領域」または「無意識」の、滞りのなく「気づくことなく」想起されている記憶の内容が「意識の領域」に入って来る瞬間にこそ主観や理性を超えた何かが生まれるような気がしてならない。それと同時に、人間が「意識」で捕らえている世界や人間についての了解やイメージは、どれだけ不十分なものかということをも痛感してしまうのだが…。
大学の受験勉強の際はデッサンというものを形態や量感、空間、質感の表現と認識し、結構集中して取り組んだものだったが、それを「表現」へと昇華させる場合のそれは、更にそれを超えたものが必要であり、大学在学中と卒業後の数年は来る日も来る日も何か届かなかったもどかしい風景が目の前をチラついていた。そんな時期、たまたま体調を崩し長期休暇を取らねばならないことになり、何もすることが出来ない中で毎日のように映画を観て過ごすことになった訳だが、その中でデヴィッド・フィンチャー監督のサイコ・スリラー「Se7en」のオープニングクレジット(映像はカイル・クーパー、音楽はナイン・インチ・ネイルズのトレント・レズナーが担当)を観た事がひとつの転機となった。銀残しという現像の手法を使ったコントラストの強い映像も刺激的であり、それ以降自分は何の迷いもなく1冊のノートに向き合うこととなる。食事と睡眠以外の全ての時間を注ぎ込み半年ほどで描き切った代物であり、今見返してみると稚拙なものも多々あるのだが、それにも関わらずさまざまなアイデアや記憶の奥底に眠っていたものが描きつらねてあり、最終的には購入した当初の5倍もの厚みに膨れ上がっていた。「呼吸によるデッサン」と「鼓動によるデッサン」の使い分けを自分なりに会得した特に思い出深い1冊である。

2009.12.26[Sat]
「振り返った先にあるもの」
幼少の頃から自分は将来「絵描き」というものになる…と漠然と考えていたことは確かだが、決定的にその衝動を駆り立てずにはいられなくなった魂を震わせるような鮮烈な事件があったのは、今思えば15〜16歳の頃。偶然にも同時期に知ることになった画家エル・グレコ(El Greco/1541年〜1614年)と作曲家アルテュール・オネゲル(Arthur Honegger/1892年〜1955年)の存在だと思う。
絵画と音楽という違いはあれど、陰鬱でありながら恍惚さや神秘さを持ち合わせた両者の作品は、大気や大地の震えや叫びさえも感じさせる大胆かつ繊細な引力があり、それは現実の世界には決して存在しない「どこか別次元」で起こっているもののように思えてならなかった。言葉ではうまく表現できないが、人と人、精神と精神、物と物、時間と時間、空間と空間、宇宙と宇宙…とは全く切り離された「間」というものがもしこの世に存在するのならば、まさにそれが自分の目の前に現れ、打ちのめされた瞬間であったのだと思う。エル・グレコの画集を穴が開くほど眺めながら、オネゲルの代表作である劇的オラトリオ「火刑台上のジャンヌ・ダルク」を幾度となく聴いた。次第にそれらは自分の中で特別な一体感を持ち始め、どうしても切り離せなくなっていった…。20年以上経った今でも理由ははっきり分からない。
現在の自分の制作スタイルに行き着いたのは10年ほど前になる。今考えてもエル・グレコとオネゲルが自分の作風に何の影響を与えたのかは分からないし、むしろ殆ど特別な影響はなかったのでは…とさえ思う。「過去の記憶を探る」ということが制作の中で根底であり、そこを通して自分に切り込んで来るノイズのようなものを五感経由で反射的に選択し蓄積していく課程を辿るのが常である自分のスタイルにおいて、エル・グレコとオネゲルの世界は自分の中ではどうしてもこれと言った共通点が見当たらないのだ。だが、今でも両者の世界は自分の脳裏に漆黒の闇の中で発する激しい光のノイズを吹き荒らし、そしていつも静かに途切れる。

2009.12.24[Thu]
「ホームページ開設のお知らせ」
この度、「佐々木岳久」ホームページを開設することになりました。
今後、作品や展覧会情報、日常の雑記を含めてご紹介していきます。




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