2010.3.21[Sun]
「Worksページ増設のお知らせ」
当ホームページのWorksページに近作を追加アップ致しました。是非ご高覧ください。

2010.3.4[Thu]
「基地とブルース」
昨年夏のある夜、何故か張り詰めてしまった神経が眠る事を許してくれなかったので、仕方なしに窓から外を眺めて時間を潰していた。朝方になりはじめ鉛のような重たくぬるい闇がゆっくりと溶け出してくると残像のようにファジーだった街の稜線が序々に姿を現してくる。さらに刻々と時が経ち強い陽の光が差し込んでくるようになると、浮かびあがったそのシルエットは色どりを失い金色に輝き始める。寝ていない目の奥を軽い鈍痛が襲う。
ふとその時、近所の不法投棄のある場所へ行ってみたいという思いがザワザワと頭をよぎったので、その気持ちに従い出かけることにした。そういう直感が働いた時は何かある時だ。そしてただでさえそのような場所をうろついていると怪しまれるだろうが、こんな朝っぱらなら逆に堂々と行っても構わないだろう。たとえ警察などが巡回に来てもゴミ漁りをしているのだと言えば済むことだ。そういう開き直りが次第に心の中を支配してゆく。それはある工場裏手の田んぼに面したところにあり常に奇妙なエネルギーを放っている。自分自身はやっていい事と悪いことの区別くらいはつくので不法投棄などしたことは一度もないが、逆にその存在に奇妙な興奮を覚えてしまうのも事実だ。頭で考える事と身体で感じることには常に何かギャップが生じる。そして捨てられてしまった物達の「声にならない声」とでも言おうか、そんな物達が無秩序に折り重っている様を見ると、なぜか自分が「日本」というより「亜細亜」のどこかにいるという感覚が強烈によぎる。
何日か前まで雨が降っていたため、足元はグズグズで湿っぽい匂いが鼻をつく。時々耳元を襲って来る蚊が不快であったが何か作品に使えるようなイカした物はないだろうかと物色を始めた。しばらく歩き回っているうちにボディーのないエレキのギターのネックや、いい感じに退色し解体されたベッドの骨組み、何が何だか分からないが極限まで錆びた鉄の部品、バラバラに壊れた木製の椅子、食器棚の一部などが見つかり一喜一憂していると、子どもの頃の遊んだ記憶が蘇る。
あれは確か小学校3年の時だった。小学校の裏山に大型の水道タンクがある小さな山があり、「水道山」と呼ばれていた。ある日1つ年下の後輩2人と水道山から更に奥まった山道で遊んでいるうちに、ひょんな事から基地作りを始めたのだ。周囲にある木っ端やとびきり気に入ったガラクタを拾ってきてはそれを組み合わせて自分達の城を築いていく。さまざまな試行錯誤の末出来上がった基地に達成感が身体中をかけめぐった。まさに興奮の坩堝であり気分はまるでトム・ソーヤだ。誰にも知られたくない秘密の隠れ家である。3人で決して誰にも言わない約束を交わし、次の日もその次の日も学校が終わってから集まって遊んでいた。そんなある日、学校が終わり意気揚々としながら基地にまっしぐらに向うと、遠くに見える基地の様子が何かおかしい。基地のある場所に何人も人がいるのだ。何かただ事ではない気配を感じながら近づいていくと、学校の先生と同級生が基地を壊しているではないか。どうも、後輩のうちの一人が他の誰にも話さない…という約束を破ったようで、それを聞きつけて来たようなのだ。悪い事をしている覚えなど何もない自分はどうしても納得いかず、ただ訳も分からず頭に血がのぼり、解体されていく基地を見て泣きじゃくった覚えがある。しかし、なぜあの時皆に取り壊されなければならなかったのだろうか…。理由は今でも分からぬままだ。
そんな昔の事を思い出しながら不法投棄のゴミを漁り続けていると、たまたま自転車で通りかかったおじさんに声をかけられた。最初は怒られるのでは…と身体が少し硬直したが、その直後の「何かいいもんあったかい?」という言葉にすぐに仲間だと安堵感を覚え、見つけた品々を見せながら長い事話し込んだ。そうして話しているうちに分かったことなのだが、この不法投棄の山の中にはホームレスが住んでいるのだと言う。教えられた方向へ行ってみると、驚いたことにそこには「基地」があったのだ。おんぼろの車を家にして、その周りには捨てられた家具を利用した棚が作られ、靴やコーヒーカップ、観葉植物まで並んでいる。一瞬にして「やられた」という思いが頭を突き抜けた。あいにくそこの住人は留守で会えなかったのだが、聞くところ気のいい老人らしい。先日も捨てられていたギターを拾ってきて抱えては「練習してんだ」とケラケラ笑っていたのだという。そしてその容姿や特徴を聞いていくうちに分かった事なのだが、その老人は家の近くのスーパーで何度も見かけていた人であったのだ。そのスーパーには無料でお茶を飲んだり出来る休憩スペースがあり、老人は明らかに何ヶ月も風呂に入っていない風貌でそこによく佇んでいた。スーパーの店員も追い出すに追い出せない…といった困り顔をしており、周囲の客からも白い目で見られていた。そうして閉店間際まで時間を潰した老人は、なぜか新聞紙を60〜70センチ程荷台に積み上げたおんぼろの自転車に乗り、両方のハンドルに何が入っているのか分からないビニール袋を幾つもぶら下げたまま、ゆっくりと左右に揺れながら闇の中に消えていくのだ。その背中には絶対に他人が立ち入る事の出来ない「人生」を知り尽くした確固たるブルースが漂っていた。老人はおそらくチューニングすら合っていないだろうギターでどんなブルースを奏でていたのか…と消え行く背中を思い出しながら心の隅でチラリと考えた。
その後、その不法投棄の山は高いフェンスに囲まれてしまい、不法投棄禁止の看板が立ち並んでしまった。その後あの老人を見かけた事はない。



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