2019.3.23[Sat]
『秘められた法』

『芸術家』とは
『生涯現役』でいられる『職業』だ…

『喜ばしい』よふな
『苦しい』よふな…
『複雑』な気持ちになるのである…

わたしの『浪人時代』は
ひたすらに『惨めな時代』であった…

当時『目白』に住んでいた『叔父』の家に『居候』をし乍ら
『新宿』の『美大受験』のための『予備校』に通った…

また『大学』に通っていた頃は…
少し緩やかに『真剣さ』と『適当さ』の織り混ざった最中で
同じよふな事は、感じつつも…
今のよふに『深く』は捉えていなかった…

今の『わたし』が感じることは…
自分の『人生』の残された『時間』の中で
一体『何』を遺せるのだろふか…といふことである…

『身体』は至って『健康』であり
『主治医』からも『お墨付き』である…

然し乍ら『精神』は急速に『老境の時代』へと
『突入』しつつあるよふだ…

今から想えば『大学時代』は
一番『自由』に『絵』を描ける『時間』があった…

其れなのに『講義』をサボっては
『学食』に入り浸り
『夜』は『友』と飲み明かすといふ
ある意味『けしからん時代』であった…

然し乍ら…

あの『4年間』は、今現在の『わたし』にとって
『自分』を『成長』させる『特別な時間』であったのだ…

『親』からの『仕送り』があり
『好き勝手』に『自由気儘』に生きていた『時代』…

『禄(ろく)』を貰っていたから
『責任』があった『時代』を『植木等』のよふに
誠に『無責任』に日々、送ったのである…

想ふよふに『作品』が生み出せないといふ
『ジレンマ』はあったが…

色んなことに『興味』を持ち
色んなことに『チャレンジ』した…

『選択肢』が沢山あった『時代』だったのである…

今のわたしは
其の沢山あった『選択肢』を
『ひとつ』に絞ったのだ…

其れが『ジョルダーノ・ブルーノ』である…

あとは、じっくりと『頂上』を目指して
歩いてゆくだけ…

『溢れる想い』を『物質化』して
『創造性』を解き放つ…

わたしたち『人間(アントローポス)』の
『人生』の『目的』は
云ふべくもなく
『終わりなき成長』なのだ…

何処までも『成長』してゆくのだ…
『心のおもむくままに』…

さて『話題』を変えよふ…

『ジョルダーノ・ブルーノ』に於いて
『野蛮』である『ケンタウロス族』は
『二元論』的な『司祭』の
新しい『観念』其のものである…

故に『政治的権力』と『宗教的祭祀』は
守護され『カトリック王政』と一致…

『平和への要請』に加え
『不均衡の緩和』が、社会に於いて
『ローマ人』の『使命』を『助力』する…

其処に『秘められた法』
畢竟『魔術』が『維持』されるのである…

以下…
『ジョルダーノ・ブルーノ』著
『傲れる野獣の追放』より一部抜粋…
(以下)
――――――――――――――――――

それゆえに、神々はすべての情念から解放されているので、
彼らの抱く怒 りと快楽は、能動的なものだけであり、
受動的なものは何もないのです。
だから、彼らが罰で脅し報酬を約束するのは、
彼らの中に生じる善悪ゆえ にではなく、
民衆の市民的対話において生じる善悪ゆえになのです。
この 市民的対話のためには、
人間の法と法規は十分ではないので、
神々は神的 な法で援助するのです。
したがって、神々が畏敬や畏怖や愛や礼拝や尊敬 を求めるのは、
人間たち自身の利益以外の別の目的のためである、
と考え ることは、不適切で、愚かで、不数で、非難に値することなのです。
実際、 神々は自らがもっとも栄光に満ちた存在であり、
彼らに対して外部から栄光を付け加えることはできないので、
彼らが法を制定したのは、栄光を受 け取るためではなく、
栄光を人間たちに分け与えるためだったのです。

----------------------------
『安室奈美恵』
『Hero』
https://www.youtube.com/watch?v=YJt7KRmv2bQ

『スクールウォーズ』
『Hero』
https://www.youtube.com/watch?v=ooeRrFk26fo

『植木等』
『だまって俺について来い』
https://www.youtube.com/watch?v=Iy-A_wdYrXQ

2019.3.22[Fri]
『ジョルダーノ・ブルーノの記憶術』

昨日…

『安打製造機』
『イチロー』の『闘い』が終わった…
彼もまた偉大なる『魔術師』であった…

わたし自身も
『身体』の『衰え』は
如何ともし難い…

『天命』を悟る時期に
徐々に、近づいているのである…

『孔子』の時代…
其れは『老境の時代』である…

其れ故『天命』を『認識(グノーシス)』することとは
『己の限界』を『認識(グノーシス)』することに他ならない…

畢竟…
『諦めよ』といふことである…

さて本日も、直ぐには
『本題』へは『移行』しない…

『ルーマニア』の彫刻家
『コンスタンティン・ブランクーシ』に
触れてみたいと想ふ…
(1876年2月19日 - 1957年3月16日)

彼は極めて単一的な
『抽象彫刻』を『創造』した人物…

彼の遺した著名な『言葉』がある…
わたしが『浪人時代(19歳)』の時に知ったもの…

(以下)
―――――――――――――
自分が芸術家であることを忘れるな
傲るな、恐るな、自分に自身を持て
神のように創造し
王のように命令し
奴隷のように働け
―――――――――――――

此の『言葉』は、言い得て妙だと
今でも想っている…

『芸術家』の中に
『三層のハイアラーキー』が存在している…

―――――――――――――
@『神』
A『王』
B『奴隷』
―――――――――――――

さて、此処からが
わたしの勝手な『解釈』へと移行する…

『言葉』の内奥に潜むものに
着眼するのだ…

わたしの勝手な『解釈』なので
『正誤』はあるかもしれないが…
やってみなければ
分からないことも存在しているのだ…

先づ『グノーシス主義』の最もスタンダードな
『ヴァレンティノス派プロレマイオスの教説』に『思考』を置き換える…
故に『ミトラ教』的な『視点』からの考察である…

( 2018.9.30[Sun]『イエスの教え…グノーシス』・参照)

―――――――――――――――

【 @『神』について…】

此の問題については

『第十天(プレーローマ)』に位置する
不可視の『至高神(プロパトール)』であるか…

其れとも『七つの遊星天(ヘブドマス)』に位置する
『造物神(デミウルゴス)』であるか…

『二者択一』である…

どちらに『相当』すると考えるのが『適切』であるかといふ
『大問題』が立ち現れてくるのだ…

わたしは『直感的』に、此の場合の『神』は
『造物神(デミウルゴス)』であると考える…

此れには理由があって…

『至高神(プロパトール)』は
われわれ『人間(アントローポス)』が住まふ
『物的世界』とは一切
関わりを持たないからである…

『グノーシス主義』に於ける『至高神(プロパトール)』は
まさに『叡智界(プレーローマ)』…

『叡智界(プレーローマ)』は
『至高神(プロパトール)』と『エンノイア』から
三十柱の『神々』が『流出』した『充満領域』…

『流出』とは『至高神(プロパトール)』が
既に其処にいた『神々』を『言葉』によって
呼び出したといふことだ…

一方の『造物神(デミウルゴス)』は
其の『プレーローマ』から『転落』した
『ソフィア』の『半身』が『アカモート』となり
更に『ソーテール(神格・救い主)』によって
『パトス』から解放されて『誕生』したもの…

畢竟『ナグ・ハマディ文書』の
『三部の教え』に於ける
『ロゴスの半身(マイナスの半身)』である…

故に『造物神(デミウルゴス)』は
『霊(モナド)』を保持しておらず
また『叡智界(プレーローマ)』の
『存在』を知らないのである…

『造物神(デミウルゴス)』は
『旧約・ユダヤ教』に於ける
『天地創造神』であり…
可視的な『物質世界』に君臨…

『プラトン主義』に於いては『善なる神』であるが
『グノーシス主義』に於いては『悪の神(サタン)』である…
また『怒りの神』とも呼称される…

ただ、此れだけを並べただけでも
何となく『合点』がいくのである…

―――――――――――――――

【 A『王』について…】

『王』に『相当』するのは
如何と捉えるべきか難しい…

『神智学(カバラ)(マイトレーヤ)』と
捉えるのが相応しいよふに感じる…

『グノーシス主義』的な解釈で云えば
『イエス・キリスト』や『マリアの福音書』であろふか…

( 2018.11.26[Mon]『マリアの福音書』・参照)
( 2019.2.12[Tue]『二つのロバ性 〜 運命の髪』・参照)

また『ナグ・ハマディ文書』の
『経綸(けいりん)』の構図を紐解くと
『物質的な者たち』の『霊的秩序』…
『地上に降下した選び』であり『肉にある協会』である…

( 2018.12.24[Mon]『三部の教え 其の二十二』・参照)

―――――――――――――――

【 B『奴隷』について…】

此れもまた『ナグ・ハマディ文書』の
『経綸(けいりん)』の構図を紐解くと
『闇の者たち』であり
『左の者たち』であり
『模写の者たち』のこと…
つまり『異邦人(無知)』のことである…

( 2018.12.18[Tue]『三部の教え 其の十六』・参照)

―――――――――――――――

面白く話が纏まるかと『期待』したが
何とも『お粗末』な内容となって終った…

故に、わたしは『消化不良』で
『面白くない』のだ…

最近の、わたしの『備忘録』は
さまざまな『宗教』や『哲学』が
入り乱れ、まさに『カオス』である…

( 2018.12.20[Thu]『三部の教え 其の十八』・参照)

さて、前置きが長過ぎた
『本題』へ入ろう…

『ジョルダーノ・ブルーノ』は
彼の『記憶術』の中に於いて…

『ローマ人』の経験の中に
『流動性』や『葛藤』や『変化』を
喜んで『迎え入れる』肯定的な態度を見ている…

『ジョルダーノ・ブルーノ』にとって
『文明』の系統は唯一のもの…

其れは『エジプト』から『ギリシャ・ローマ』へ
『宗教』に関しては『逆説的なキリスト教』…

そして『ジョルダーノ・ブルーノ』の時代に於いての
暗黒と『新たなる野蛮』としての『ルター派』
『プロテスタントのカルヴァン派』が位置付けられている…

『ジョルダーノ・ブルーノ』は『記憶術』のフレーム内に於いて
フランス国王『アンリ3世』を『太古文明の継承者』と考えている…

以下…
『ジョルダーノ・ブルーノ』著
『傲れる野獣の追放』より一部抜粋…
(以下)

――――――――――――――――――

それゆえに神々はローマ人を
他のいかなる民にもまして賞賛したのです。
なぜならば、彼らは、彼らの偉業を通じて、
他の国民以上に神々に近づけたのですから。
実際、彼らは、征服された者たちを許し、
傲慢な者たちに戦いを挑み、
危害を与えた者の罪を免除し、恩人を忘れず、
窮乏する者たちを援助し、困窮する者たちを保護し、
虐げられた者たちを立ち直らせ、
乱暴な者たちを押さえつけ、功多き者たちを推奨し、
犯罪者たちをおとしめて、験と斧とで死の恐怖に陥れ、
彫像と巨像で功労者たちを栄誉ある地 位に置いたのです。
それゆえに、この国民は、今まで地上に存在した国民の中で、
無作法と野蛮からもっとも遠ざかり、
もっとも洗練され、高邁な企てにもっともふさわしいのです。
ローマ人の良き習俗と偉業は、名誉と幸福は、
彼らの法と宗教と軌を一にしているのです。

(中略)

ここでアポロンが提案した。この三重冠はどうなるのでしょうか。
そし てこの王冠は、何のために定められているのでしょうか。
ユピテルは答えた。運命の定めと神の霊の導きと自らの大功によって、
これはまさに、雅量あり強力で戦闘的なフランス国の王である、
無敵なるアンリ3世のものだ。
アンリ3世は、フランスとポーランドの王冠に続いて、
この王冠を手にすることを約束されている。
このことは、王が自らの即位の初めに、
あの高名な紋章を自らのものと定めたことからも確証される。
この紋章では、 二つの低い王冠が第三のさらに
顕著で美しい王冠と一体をなし、それに魂 を与えるかのようにして,
第三のものは天に留まるという言葉が付け加 えられているのだ。
――――――――――――――――――

『イチロー』
https://www.youtube.com/watch?v=y9KxdY0J5y0

2019.3.21[Thu]
『宗教の貢献』

掲載画像は
過去の『個展』の際の『ディスプレイ』…

『骨格』は
『漸新世後期』から『更新世』にかけて栄えた
『ネコ科』に属する『食肉獣』の
『タイガーサーベル(剣歯虎)』…

さて、本日は『春分の日』
『桜』が咲き始めている…

『桜』とは『日本人』たる
『喜び』であり『儚さ』である…

以前『花咲爺(はなさかじじい)』について触れたが
わたしの『人生』の中で
此れに相当する出来事を起こした『人物』が
『実在』するのである…

( 2019.2.26[Tue]『純粋持続』・参照)

其れはまさに『純粋持続』の
『苦悩』と共にあったのだ…

わたしは、其の『苦悩』に
常に『尊敬の念』を抱いて
日々を過ごしている…

常々『古代宇宙創生』といふ
『虚構の世界』について触れている
『我が身』にとっては
如何ともし難い想いなのである…

さて『話題』を変えよふ…

本日『春分の日』は
我が『父親』の『誕生日』である…

我が『父親』は
わたしとは全く違った『性質』を保持しており
『超理系』である…

過去『捕鯨船』の『銛(モリ)』が
真っ直ぐに『飛行』するよふに『設計』したり…

また『福島原発』や『女川原発』の
『エンジニア』でもあった…

『東日本大震災』の当日は
我が『父親』は『女川原発』の
『地下二階』に『勤務中』…

『原発』は『水漏れ』が
『危機的状況』を起こす為…

『揺れ』が収まった後に
様々な『排水管』を確認し
最後に『原発施設』から『避難』…

『目の前』には『津波』が
押し寄せていたらしい…

『女川原発』も
あと『津波』が『20センチ』高ければ
『福島』と同じ状態であったろふ…と聞いている…

其れにしても『福島』のことを想ふと
『やるせなさ』が募る…

『原発』とは厄介な『代物』である…

『稼働』していよふが
『停止』していよふが
『冷却システム』が『破壊』されれば
同じことが起こるのだ…

もはや『後戻り』は
『不可能』としか言いよふがない…

さて、此の『複雑な問題』については
わたしは決して『イデオロギー』には染まらない…

『人間(アントローポス)』は
一体、どうすれば良いのであるか…

( 2018.12.1[Sat]『アウトサイダーを生きるなかまたち』・参照)
( 2018.12.24[Mon]『三部の教え 其の二十二』・参照)
( 2018.12.28[Fri]『三部の教え 其の二十六』・参照)

さて『本題』に入る…

『オウディウス』著の『変身物語』…
故に『アクタイオンの死』や
『アモルとプシュケー』は
『勝利』の名のもとに存在している…

( 2018.9.12[Wed]『アクタイオンの死』・参照)
( 2018.9.28[Fri]『アモルとプシュケー』・参照)

『勝利の手綱』を渡りきることが大切なのだ…
『神的な美の把握』を『認識(グノーシス)』することである…

『宗教』とは『具体的な姿』を『探求』するものである…
『抽象的な概念』では不可能なのだ…
寧ろ積極的に『変化と競合』し
『時代』と共にあるべきものである…

そして『ジョルダーノ・ブルーノ』著の
『傲れる野獣の追放』に於いても
『ユピテル』は『モモ』のよふな思想に対し『闘い』を挑み乍ら
『イエス・キリスト』の『布教活動』の
『多面性の象徴』を『認識(グノーシス)』している…

『宗教』は『政治的』かつ『歴史的』な『生の現実』に
『貢献』するものでなければならないのだ…

以下…
『ジョルダーノ・ブルーノ』著
『傲れる野獣の追放』より一部抜粋…
(以下)
――――――――――――――――――
ユピテルの判決によれば怠惰な輩たちのために
彫像を建立することは許されません。
やつらは、共和国の敵であり、
人々の良き習俗や生活を害する
言葉や夢想を述べるからです。
むしろ、神々への神殿を造営し、
法と宗教への遵幕を促す人々にこそ、
彫像を建立するべきなのです。
ここで言うところの法と宗教とは、
人々に雅量を与えると同時に、
祖国に奉仕し人類に貢献することから生じる
栄誉を熱意をもって追求するように促すもののことです。
このような法や宗教から、良き習俗や
文芸や武道を学ぶための大学が創設されたのです。
また、歯学者や耳話の語り手に賞賛を送る人々に、
愛や名誉や質を約束しないように気をつけなければなりません。
むしろ、自分や他人の知性を完成させるために、
地域社会に奉仕するために、雅量や正義や
同情から生まれる行為を尊奉するために、
尽力する人々に、これらの愛や名誉や賞は
約束されるべきなのです。

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『国宝 阿修羅像』
https://www.youtube.com/watch?v=WIU8CTn6VMg

2019.3.18[Mon]
『キロンの神秘』

此の作品は
『東日本大震災』の年に
『制作』した『版画作品』である…

此の世に永続的なものも
頼ることのできる不変の拠り所も存在しないのだ
そんな明らかで疑ふ余地のない事実によって
意識が貫かれたときに感じる
締め付けられたよふうな心の痛み…

其れは畢竟
『郷愁(サウダージ:Saudade)』である…

さて、わたしの『備忘録』は
おそらく多くの『誤解』を伴って
読まれていることが多いと常々感じている…

其れについては
『致し方ない』ことだと想ふ…

『真意』を『認識(グノーシス)』して
読まれている方は
極々、僅かであろう…

わたしの此の『備忘録』は
此の世の『愛しき神秘』のことについて
触れているのだ…

其れを『認識(グノーシス)』する為には
己自身との『ストイック』な『闘い』が必要なだけ…

『狂気』とはまさに
『人間(アントローポス)』が保持する
此の上なく『優しく美しい世界』…

わたしは
此の世界の『悪徳』が『追放』された
『美徳の世界』に、常に寄り添っているのだ…

( 2019.2.11[Mon]『植物の超神秘的感覚的世界』・参照)
( 2018.10.24[Wed]『宇宙は輝き、旅を忘れる』・参照)

『ジョルダーノ・ブルーノ』は
まさに、其れを『実践』した人物である…

彼は一体、どのよふに此の『宇宙』を捉えていたのであろう…
其処に着眼することで、わたしは己の『精神』を
何とか支えているのに過ぎない…

故に、誰しもが『言葉』を発信すれば良いのだ…
『心のおもむくまま』に…

其れが『哲学』といふもの…

其れが、わたしにとっても
『追い風』となるのだ…

其れがまさに『ルネッサンス』…

さて、また暫くの間
此の『備忘録』は『沈黙』することにする…

さて、昨日の続きの話である…
『ジョルダーノ・ブルーノ』が
著書『傲れる野獣の追放』で言いたかったことは…

『イエス・キリスト』の
『否定的イメージ(一面性の象徴)』…

其れから『イエス・キリスト』の
『肯定的イメージ(多面性の象徴)』である…

如何なる『弾劾』が『イエス・キリスト』の
『二重の本性』を攻撃したとしても
『肯定的イメージ(多面性の象徴)』の
『価値』を薄めるものではないからである…

其れは『キロン』の『半人半馬』の
『肉体の特異性』と同じことなのだ…

『ユピテル』は『モモ』を以下のよふに
説き伏せている…

『この事柄の神秘は隠れており偉大であり、
おまえの理解を超えている。
だから、高尚で偉大な事柄としておまえは
それをただ信じなければならない』

つまり事柄の『秘義性』故に
そふはならないと言っているのだ…

( 2018.12.14[Fri]『三部の教え 其の十二』・参照)

『キロン』の『神秘』は『変身』の可能性…
『二重の本性』が『変容』の『肯定的過程』を
『認識(グノーシス)』しているのだ…

『人間(アントローポス)』は
己の持つ『本来的自己』を『認識(グノーシス)』して
『野獣性』から離脱して『上昇』しなければならない…

其れと同じくして…
『神々』もまた己の『神的本性』から
離脱する必要があるのだ…
己の持つ『野獣性』を知らない『神々』は
『至高の域』に留まることは不可能であるのだ…

以下…
『ジョルダーノ・ブルーノ』著
『傲れる野獣の追放』より一部抜粋…
(以下)
――――――――――――――――――
雄ヤギは、牧神パーンのことである。
パーンは、大蛇ティフォンの攻撃を逃れるために、
エジプトへと逃避し野獣に変身するよう
神々に忠告した(について)は
何も言うことはあるまいとユピテルは主張する。
実際、雄ヤギには、大蛇 ピトンに打ち勝つ方策を
われわれに教えるという大功があるのだから、
天に座を占めるに適任であると思われる。
あの戦に勝利するためには、神々が野獣に
変身することが必要だったが、
この教えをわれわれは進ヤギから受けたのだ。
雄ヤギは、自らを野武にすることができない者は、
高位に留まることができないと、
われわれに知らせてくれたのだから。

――――――――――――
『マレーナ(Malena)』
(ジュゼッペ・トルナトーレ:監督)
(モニカ・ベルッチ:主演)
https://www.youtube.com/watch?v=W-YD2Y8ojYE

2019.3.17[Sun]
『わたしの技法』

掲載画像は『ゴッホ』の『向日葵』…

(2019.2.28[Thu]『衝撃』・参照)

さて、昨日から『本格化』した『制作』に於いて
ふと、想ふところがあったので、綴っておく…

わたしは元々『色彩』を上手く操れない…
故に『モノクロ調』の作品が圧倒的に多い…

此れは、自ら好んで其のよふにしている訳ではなく
『生まれつき』の『性質』である…

わたしの『観察眼』は
分かりやすく例えるならば…

フランスの画家『ジャン・シメオン・シャルダン』や
イタリア・ルネッサンスの画家『アントネロ・ダ・メッシーナ』に
近い『性質』を保持している…

此の場合に於いては『画風』ではなく
あくまでも『性質』の問題である…

『素描』に於いても『全体感』を最初に捉えるのではなく
『部分』から『全体』へと『派生』する…

例えば『肖像画』を描かせれば
いきなり『眼』から克明に描き始め
徐々に、その他の『部位』を描いてゆくのだ…

其れは、わたしが『光』に反応する
『観察眼』を保持していることを意味している…

『色彩派』のよふに『形態』に着眼するタイプ
(事物の稜線を追求する)ではないのだ…

また、此れは…
わたし個人に於いて起こる事象なのだが
ある『色』と『色』の組み合わせは
わたしにとっては『色彩』が
全く観えなくなるといふことがある…

例えば『印象派』の『モネ』は
非常に好きな『画家』ではあるが
わたしが『モネ』の『絵』を観た場合
『モノクロ』にしか観えないことが、非常に多いのだ…

特に、其の事象について『脳科学的』に
『分析』したこともないので理由は分からぬが
わたしの中で、何かの『許容』を超えるのかもしれない…

さて『わたしの技法』と言い乍ら
前置きが長過ぎた…

『わたしの技法』…

此れについては
他者から良く『質問』されることであり
わたしにとっては
常に『答え』に困る問題なのだ…

『技法』といふよりは
『メチエ(métier)』の方に話が移行してゆくので
いささか話が、ややこしくなるからだ…

わたしの作品のテーマには
必ず『記憶』といふものが伴っているし…

更に『アンリ・ベルクソン』の『純粋持続』の問題が
わたしの目の前に、大きく立ちはだかるからだ…

例えば…
『アンリ・ベルクソン』の掲げる『五〇頭の羊』の問題が其れである…
『眠れぬ夜』に数える『羊』についてのことである…

あくまで『アンリ・ベルクソン』は
『五〇頭の羊』と言ったまでのことであり…

其れが、実際のところ『一頭』なのか『三〇頭』なのか
『五〇頭』なのか、其れ以上なのかは分からない…

以下に引用してみよふ…

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
さきにのべたように、
ここでも『空間』という語がでてくるが、
これはおそらく前の『理念的空間』とおなじものなのだろう。
したがって、それがどのようなものなのかよくわからない。
さらにわからないのが、この『空間』と対立して登場する『持続』である。
一頭一頭思いうかべる場合には『持続のなかに位置する』という。
しかし『五〇頭の羊を一頭ずつ切り離して思いうかべることはできても』
それは一頭だけなので、五〇頭すべてを思いうかべることはできないという。
つまり、わたしが数え進めるにつれて、その数が増えていくためには、
つぎつぎとあらわれる羊のイメージをすべて保持していて、
それらのイメージをわたしの観念のなかでつぎつぎに更新される
新しい羊に並置しなければならない。
しかし、このような並置がおこなわれるのは
空間においてであって、純粋持続においてではない。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

わたしにとっての『技法』『メチエ(métier)』は
常に此のよふな『瞬間刹那』の中…
『数』を数えるよふな只中で行われるのだ…

故に『設計図』は一切、無し…

常にモヤモヤとした状態の中から
立ち現れて来るものを『捕獲』する方法なのだ…

つまり『時間』とは『持続』であり
『持続』とは『記憶』である…
では、己とは一体、何者なのか…
といった問いである…

此の世界は、もちろん
『簡単』に語れる物事は多いかもしれない…

然し乍ら『難解な問題』が
多数『存在』していることも
また『真理』なのである…

わたしは、どちらかと云えば
『後者』の方に『可能性』を
見出して終ふ『嗜好』があるよふだ…

さて『アンリ・ベルクソン』の『哲学』は
単なる『哲学』の一派ではないことは
アプリオリなことである…

『自然科学』や『宗教』や『神秘思想』とも
異なった仕方で『展開』されたのだ…

彼には、どれ程の『苦難』があったのであろうか…

其れは、以下の『アンリ・ベルクソン』の
苛立った『文面』からも見受けられる…

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

わたしの『直観』が本能ないしは感情であると
主張する人についてはなにもいうまい。
わたしが書いたもののなかには、
ただの一行もこのような解釈を許すものはない。
わたしが書いたものすべてをみれば、
それとは反対のことが書かれている。
わたしのいう直観とは反省(熟慮)なのだ。
ところが、わたしが事物の根柄にある動きにたいして
注意をうながしたので、ひとはわたしが、
なんだかわからない精神の弛緩をすすめたといった。
またわたしが、実体の恒常性とは
変化の連続性であるといったので、
ひとはわたしの学説を不安定性の弁護だといった。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

『アンリ・ベルクソン』のいふ『直観』とは
まさに『ゴッホの眼』のよふなものだ…

『狩人アクタイオン』のよふな『眼』である…

われわれが外界の事物を、通常『見る』際は
『既成の語』によって『分節』している…

『机』があって
其の上に『向日葵』が乗っている…と

其のように淡々と『見る』ことによって
『暮らし』は、何事もなく過ぎ去ってゆく…

然し乍ら『アンリ・ベルクソン』や『ゴッホ』…
もちろん『ジョルダーノ・ブルーノ』にしても同様であるが…

彼らのよふな『賢者』たちにとっては
其のよふな単純な『世界の区分け』は
存在していないのだ…

微細で複雑な『トーン』
光線による微妙な『ヴァルール』
『歪み』や『淀み』や『凹凸』などなど…

『既成の語』によって『分節』されている事物が
ずるずると『連続』してゆくのだ…

其処に漂っている『イマージュ』を
際限なく『多様で緻密なあり方』で『凝視』する…

『人間(アントローポス)』が
此のよふな『眼』を『獲得』するためには…

『日常』を分かりやすく『理解』する方法を
一切のごとく捨て去り
『純粋持続』の最中『無垢な眼』で
『見る』ではなく『観る』ことをしなければならない…

そふでなければ『対象』は
『真の姿』を現してはくれないのだ…

此れが『アンリ・ベルクソン』の
『直観』という方法なのだ…

因みに『直観』とは『感情』や『本能』ではない…
『意識的な努力』であり
『見方の反省』であり『破壊』なのだ…

此の世に永続的なものも
頼ることのできる不変の拠り所も存在しないのだ
そんな明らかで疑ふ余地のない事実によって
意識が貫かれたときに感じる
締め付けられたよふうな心の痛み…

因みに話は変わって…

『ソルフェジオ周波数852Hz』は
『直感力』と『集中力』を高める『周波数』である…

2019.3.16[Sat]
『寄生』

暫くの間『休息』しよふと想っていた
『備忘録』であるが…

ついつい
綴らねばならぬ想いに駆られて終ふ…

『制作』は本日より『本格化』…
『作品』は、此の『備忘録』では
まだ明かさぬが…

『数ヶ月』ぶりの『制作』であったので
『始動前』には若干の『不安』もあり
『腰』も重かったのであるが
『開始』してみれば『集中力の塊』である…

此れまでの『備忘録』を『圧縮』して
『アウトプット』することに
其れほどの『困難』は見受けられない…

少し『一安心』…

わたしは、此の半年余り
『備忘録』のみに『集中』してきた…

『積極的』な『精神』の
『追い込み』をしてきた積りである…

其れは、わたしの中での『確信』があったからであり
沢山『荒波』に揉まれ『傷ついた方』が良いと想ったからなのだ…

つまり『精神』の『免疫』…
『メンタル・タフネス』を鍛え上げること…
己を『変身』させる『原動力』や『糧』である…

其れを元に『ダイナミック』な
『行動』を起こすのだ…

『備忘録』は、気が向いた時に
やはり『継続』してゆくとする…

『軽やか』に…
そして『優しく』…

さて『ジョルダーノ・ブルーノ』に話を移す…

『ローマ神話』に於いて
『野蛮』である『ケンタウロス族』が存在している…

然し乍ら、此の『ケンタウロス族』に
半人半馬の『キロン』といふ『変わり者』の『賢者』がおり
『アポロン』から『音楽』『医学』『予言』を
また『アルテミス』から『狩猟』を学ぶ…

『ユピテル』は『追放』の際に
『キロン』に『天の座』を与えるに際し
『祭祀』が如何に『大切』であるかを主張している…

神々の父『ユピテル』は『コンクラーヴェ』の冒頭で
『キロン』について『否定的』な考えを述べた…

然し乍ら最後には…
『内陣』や『祭壇』や『礼拝堂』の保持する
必要不可欠な要素を認めている…

其れは何故か…

『祭祀』は『キロン』を崇拝することで
己の中に本来持っている
『レジリエンス』の次元を取り戻すからである…

『両義的』な『本性』が
『変容』の肯定的な過程を示すといふことは…

畢竟『キロン』と『イエス・キリスト』の
『密接な関係』が『明確』になるからである…

『イエス・キリスト』は『旧約・ユダヤ教』の系統ではないのだ…
エジプト、アレキサンドリアの『エッセネ派』…

明らかに『グノーシス主義』であるからであり
『一般大衆』に対して『布教』する際に
『旧約・ユダヤ教』に『寄生』したからである…

( 2018.9.24[Mon]『キリスト教のハイアラーキー』・参照)

以下…
『ジョルダーノ・ブルーノ』著
『傲れる野獣の追放』より一部抜粋…
(以下)
――――――――――――――――――

私自身キロンに対して勝手なことを言ったとしても、
いまはそれを撤回しよう。そしてこう言おう。
ケンタウロス・キロンはまったき正義の人であり、
かつてペリア山に居を構え、その地でアスクレピウスに医学を、
ヘラクレスに天文学を、アキレウスにキタラを教え、
病人を治癒し、星辰へと登る道を示し、
妙音を奏でる弦を木に接続し、
それを弾く方法を教示したのだから、
天に座を占めるにふさわしい、と。
キロンが天の座にもっとも適任であることは、
この天の神殿においてキロンが司る祭壇には、
彼以外 に司祭がいないことからも判断できる。
そこにキロンは、いけにえの野獣を手に持ち、
献酒のための酒器を腰にぶらさげているのだ。
察増や内陣や礼拝堂は必要不可欠なものであり、
司祭なしにはそれらは無益なものであるのだから、
運命が他の決定を下さないかぎり、
キロンは永遠にそこで生き続けなければならない。

(中略)

さて、野獣に移植されたこの人間、
あるいは人間に接ぎ木されたこの野獣を
どうしたものでしょうか。
こいつの中では、一つの人格が二つの本質から成り立っており、
二つの実体が一つの仮説的統一へと合流しています。
そこでは二つのものが第三の存在を
成立させるために統一されており、
このことに関しては疑問の余地はありません。
むしろ難問は以下のことにあります。
すなわち、このような第三の存在は、
それを成立させる二つの部分、
あるいはそのうちの一つよりも優れたものなのか、
あるいは劣ったも のなのか、という難問です。
要するに、人間の存在に馬の存在が付け加えられたときに、
天の座にふさわしい神が生まれるのか、
家畜の群れや家畜小屋の中に入れられるに
ふさわしい野獣が生まれるのか、という難問なの です。
結論を言うと、たしかに、イシスやユピテルや
その他の卓越した神々 によって野獣であることについて
多くのことが語られて、人間が神であるためには、
野獣と共通点を持たなければならず、
人間が神の高みにあるこ とを示そうとするならば、
同程度ほどの野獣性を示さなければならないと言われています。
しかし、私はけっして、完全無欠の人間や
野獣が存在するかわりに、人間の一部と野獣の
一部しか存在しないところのほうがよい。
状態にあるとは、信じることができないのです。
それはちょうど、ズボンの一切れと上着の
一切れがあるところに、上着やズボンよりもすばらしい、
あるいはもっと美しい着物が生まれはしないのと同じことなのです。

―――――――――――――――――
『シスター・クリスティーナ(Suor Cristina)』

『Like A Virgin』
https://www.youtube.com/watch?v=r0e8Uve7cJU

『Blessed Be Your Name』
https://www.youtube.com/watch?v=9zHDlobrdZ0

2019.3.11[Mon]
『311から始動する』

掲載画像は…
我が母校『大川小学校』の『時計』…

『津波』到達時間で止まったまま…

『東日本大震災』から『八年』…
わたしは、何ひとつ『言葉』が浮かばない…

本日リンクした動画に登場する人物は
わたしの『ひとつ歳上』の先輩で…
昔、わたしは此の方に
大変に可愛がって貰ったのだ…

話を変えよふ…

ほぼ、毎日のよふに綴ってきた『備忘録』…
何ひとつ『ジョルダーノ・ブルーノ』に
近づいた感覚はない…

故に、本日を持って
此の『備忘録』に一旦『休息』を与える…

つまり、いよいよ『実制作』に
入ってゆく積もりなのだ…

( 2018.12.16[Sun]『三部の教え 其の十四』・参照)

明確なものは何ひとつないが
無心に『手』を動かすことに
『シフト』してゆこふと想ふのだ…

一体どのよふな『作品』が出来るのか解らぬが
『無意識』の境地に『身』を置く…

また、話は変わり…

わたしにとって一番の『関心事』は
『言葉』の問題、つまり『哲学』の問題である…

『哲学』は『無限宇宙』の『流動性』の中で
われわれに『救いの道』を示し得る『羅針盤』であるからだ…

『明確な目標を設けずに四方八方に行動すること』
『真理から離れていること』
…という二重の『困難』に於ける不動の『拠り所』を
見出すことが可能になるからである…

『賢人』たちの『教説』によって守護された
静かな『見晴台』に立つことが可能になるのである…

故に『無知』で構わないのだ…
『暗闇』や『混乱』の中で『あがき乍ら』
己の『救助道具』を『認識(グノーシス)』の中に
見い出す『神的な人間たち』が求められているのである…
―――――――――――――――――――
『大川小学校』
https://www.youtube.com/watch?v=VHqttVm3fQE

『日出づる処』
https://www.youtube.com/watch?v=ur6I3WHxXwA

『阿修羅』
https://www.youtube.com/watch?v=WIU8CTn6VMg

『大空の侍』
https://www.youtube.com/watch?v=Nd8LvOUW97Q

『陸上自衛隊』
https://www.youtube.com/watch?v=0N26fofySZU

『日本国自衛隊』
https://www.youtube.com/watch?v=PsuDawPOb1U

『日本国自衛隊』
https://www.youtube.com/watch?v=jb47SqMY8GY

『ブルーインパルス』
https://www.youtube.com/watch?v=6atAJ3NFAcE&feature=youtu.be

『ブルーインパルス』
https://www.youtube.com/watch?v=1_fJJ9BvPVM

2019.3.10[Sun]
『記憶術』

『ジョルダーノ・ブルーノ』にとっての
『偶然性』に対する『概念』は
『運命(ヘイマルメネー)』に備わっている『性質』と
其の『可変性』を『根絶やし』にすることは無い…

故に『無限宇宙』の『有為変転』の秩序は『内的必然性』
畢竟『精神(魂)』によって『統制』されている…

『ジョルダーノ・ブルーノ』の『記憶術』が
此処で立ち上がってくるのだ…

其れは『記憶』を再発見して
我々の『歴史』の一時期を呼び起こそふとする場合に於いて
つまり『今現在』から『離脱』することによって
先づ『過去』の或る『一領域』に己を『置き直す』といふ
独特な働きを『意識』するといふことである…

この『営み』は、此の『無限宇宙』に存在する
全ての『生命』を持つものに関連付けられる…

其処に於いては
多様性が常に『己の基底』へと連れ帰させられ
自然が何者であるか(外的イマージュ)について
他者から区別する『概念の枠組み』の内部(内的イマージュ)で生じている…

『ユング』や『アンリ・ベルクソン』の『哲学』に
非常に近似しているよふに、わたしは想えるのだ…

異なった『アトムの集合』の誕生と死…

其れは『純粋持続』や『多様性』の内側に於いて
『魔術』の『共感』と『反感』の関係を同定してゆくのである…

『魔術』とは…
われわれ『人間(アントローポス)』が
獲得し得る『可能性』其の物である…

『魔術』は『ポイマンドレース』の背後に立ち現れる
煌びやかな光によって、捉えることができる…

『嵐の中の大海原』に於いて
己の位置を定める唯一の方法は『一と多』
『必然性』と『自由』の間の『自覚』によってである…

此れぞまさに『ジョルダーノ・ブルーノ』の真理である…

以下…
『ジョルダーノ・ブルーノ』著
『傲れる野獣の追放』より一部抜粋…
(以下)
――――――――――――――――――
......[熊は)自分が自由でありこの場所を空けるかぎり、
好きなところへ行くがよいでしょう。
この場所はもっとも卓越した座であるので、
私はそこに「真理」が住居を構えることを望みます。
なぜならば、そこには誹謗の爪は届かず、
羨望の妬みは害を及ぼさず、
誤謬の暗闇は深まることはないからです。
そこで「真理」は、安定した堅固なものとして
屹立することでしょう。そして大波や風によって
乱されることはないでしょう。
そこで「真理」 は、この誤謬の嵐に満ちた海を
さまよう者たちの安全な導き手となるでしょう。
そして観想の明瞭で清らかな鏡となることでしょう。

2019.3.9[Sat]
『人間の生の形態』

『ジョルダーノ・ブルーノ』は
『万物』においてもっとも一般的で適切なイマージュは
『人間(アントローポス)の生の形態』である…と語っている…

其れは此の世に『生まれた瞬間』の弱々しさ…
『青年期』『成人期』『衰微期』
そして『死滅 』の総括のことである…

『松尾芭蕉』の
『もののみえたるひかり』と同様…

其処には『生』と呼称される
『段階』が存在しているのだ…

『人間(アントローポス)』は
『霊(モナド)』の各段階を
『純粋持続』の最中で通過する…

其の『瞬間』の煌めき…
奥行き、多様性…

『人間(アントローポス)』が
『蕪雑』な『競争』に『人生』を『浪費』し
『瞬間』を生きることを忘れがちなのは
一体、何故なのか…

常に『瞬間』を『抹消』して
『今日』といふ日を失ふ…

『ジョルダーノ・ブルーノ』は
其処に着眼しているのである…

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『インフェルノ(Inferno)』
https://www.youtube.com/watch?v=UWRsfYrJiXc

2019.3.8[Fri]
『古代エジプト信奉』

『芸術』とは常に
『意志』を『発揮』することに他ならない…

強い『意志』を持つ者は
此れで際立っているのだが…

どのよふなことでも起こりうる
この移り変わりの激しい世の中で
『人間(アントローポス)』は其れによって
必ず『認識(グノーシス)』に至ることができるのだ…

『意志』の強い人の特徴は全てに於いて
自分の『痕跡』を残してゆく…

実は、此の『意志の強さ』は
想っているほど『特別なこと』ではないのだ…

例えるならば…

『人間(アントローポス)』が着る『衣服』と同じで
『シワ』という『痕跡』は其の人の身体や動きに
合わせてできるということなのだ…

此の世の中は
自ら求めようとしない人には
何も与えてくれないのである…

さて、本題に入る…

『ジョルダーノ・ブルーノ』の思想には
多分に『古代エジプト文明』の名残りが見て取れる…

其の賛辞は『ジョルダーノ・ブルーノ』の
ナイル土壌の豊饒の女神『イシス信仰』に見受けられる…

女神『イシス』はまた
『魔術の女神』の性格も持ち合わせている…

『古代エジプト人』は『自然の神性』を崇めていた…

『ジョルダーノ・ブルーノ』は『古代エジプト』の宗教を擁護する為に
『人間(アントローポス)』の実存を哲学の中心に置き乍ら
其れに共通する自然の構造『黄道十二宮』を主張している…

そして『古代エジプト』の宗教を『誹謗中傷』する者たちは
『神性』が欠けていることを見抜いているのだ…

『神性』は此の世界に於いて『微小』なものにまで存在し
各々の『能力』に応じて『展開』し『伝達』する…

『イデアの影』無しに
我々は『存在』し得ないといふことなのだ…

( 2018.11.29[Thu]『ジョルダーノ・ブルーノの形而上学』・参照)



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