2019.1.19[Sat]
『ヘルメス文書(ポイマンドレース:著/全文)』

『ジョルダーノ・ブルーノ』を識るために
長きに渡って読み解いて来た様々な『文献』類…

此の『探求』には到底、終わりといふものがない…

然し乍ら…
そろそろ、此の辺りで
一旦、幕引きとする…

ここ数ヶ月間、わたしは随分と
自分を追い込んできた…

流石に『疲弊』しているし…
そろそろ『ジョルダーノ・ブルーノ』の
『現代神智学(カバラ)』について
ゆっくりと思考を巡らせてみたい…

故に、しばらくの間
此のわたしの『備忘録』にも
敢えて『休息』を与える…

非常に表層的ではあるのだが…
『ジョルダーノ・ブルーノ』を紐解くために
必要な『ヘルメス主義』や『グノーシス主義』については
触れてきた積りである…

此処から先は…

いよいよ『本題(ジョルダーノ・ブルーノ)』へと入ってゆく
つまり『ジョルダーノ・ブルーノ』の『現代神智学(カバラ)』である…

『ジョルダーノ・ブルーノ』が持つ正当性は『イタリア』から始まり
『東洋の境界』を超えて『世界』を抱擁するものである…

『ジョルダーノ・ブルーノ』の多様な哲学は
『古代宇宙創世神話』に対しても
『ルネッサンス』に対しても『莫大なる遺産』を与えた…

実際『ジョルダーノ・ブルーノ』の哲学は
『無限宇宙』では『認識』することもまた必然的に
『限りの無いもの』でなければならないと
何度も繰り返し主張している…

多様性が存在することとは
其の中に埋め込まれている『現実』を特徴付ける
重要な『物事の成り立ち』のことである…

『ジョルダーノ・ブルーノ』にとっての『知者』とは
単数形ではなく、複数形の『哲学』『方法』『真理』である…

『ジョルダーノ・ブルーノ』は『知』を愛し
確実に獲得するよう、生涯『格闘』している…

然し乍ら『ジョルダーノ・ブルーノ』は
中心を持たない『無限宇宙』の内部では
『探求』は『到着点』に達しないことを知っている…

それにも関わらず『探求への欲求』は
決して止むことがないのである…

此の『展望』を受け入れることは
自らの『認識』と『真理の限界』を受け入れることに他ならない…

畢竟『他の真理』と共に生き
『他の物の見方』と競合すること…

『ジョルダーノ・ブルーノ』の『寛容の概念』は
此のことを『基盤』にして成り立っている…

『寛容』もまた『現実的』なもの…

其れは、他者に対する『譲歩』でもない…
自らの『確信』が保持する『危険の自覚』である…

此の『自覚』こそが、他者の『受容』を
容易に見做すことを後押しする…

『ジョルダーノ・ブルーノ』の
偉大な『格闘』の意味を捉えることは非常に難しい…

『ジョルダーノ・ブルーノ』にとっての『コロンブスの遠征』は
新たな『認識の征服』としてのみではなく
『略奪の本能』による『海賊』として捉えていた…

『原住民』は『奴隷』にされ、殺され、略奪され
あらゆる自由と財産を奪われた…

此れらは『カトリック教』や『スペイン王国』の名のもと、成されたのである…
『原住民』が、実は高度な『宗教』『文明』『伝統』『真理』を保持しているとは
誰も考えなかったのである…

『ジョルダーノ・ブルーノ』は此れを、痛烈に『批判』する…

『ローマ教会の政治的権力』に完全に屈服していた時代に
わずかな人間しか示すことができなかった
『勇気ある鮮明な立場』を取ったのである…

『ジョルダーノ・ブルーノ』はまた
諸国民の間の平和を破壊した『宗教戦争』が
『市民社会』に対してもたらした『脅威』をも
徹底的に『批判』している…

『カトリック』vs『プロテスタント』
『カトリック』vs『カトリック』
『プロテスタント』vs『プロテスタント』

そふした『不寛容な態度』の中に
『ジョルダーノ・ブルーノ』は『憎悪と暴力の根源』を見抜いている…

『ジョルダーノ・ブルーノ』にとって
真の哲学者の『使命』とは
このよふな『人間思想の堕落』に対して『警鐘』を鳴らし
『闘い』を挑むことであった…

『ジョルダーノ・ブルーノ』の『哲学』は
『全人類に対する模範』なのである…

『ジョルダーノ・ブルーノ』は
『批判の実践』は『代償』を伴うことを
もちろん知っていた…

『権力者』に対立することは…
自らの『特権』を断念し『迫害の人生』を
受け入れることを意味している…

『ジョルダーノ・ブルーノ』は
此れらの考えと確信のために
ローマの『カンポ・ディ・フィオーリ(花の広場)』にて
『死』を選んだのである…

此れが『ジョルダーノ・ブルーノ』の
『魔術』の真相である…

『イタリア』に於いて『ルネッサンス』が開花したといふことは
まさに、此のよふな歴史的、宗教的、文化的な背景があった…

『ジョルダーノ・ブルーノ』は『魔術』といふ名の
『莫大なる遺産』を遺した『大哲学者』なのである…

さて此処で、わたしは『ヘルメス文書』に立ち返りたい…
『ヘルメス文書』は数多の作者(ヘルメス・トリスメギストス)が
書き遺した『文献集』…

『ジョルダーノ・ブルーノ』の哲学は
まさに『ヘルメス・トリスメギストス』著の
『ヘルメス文書』にあるのだ…

『ヘルメス文書』の中で、最古の文献は
紀元前の『ポイマンドレース』著のものである…

『ヘルメス文書』については以下で触れてきた…
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2018.8.8[Wed]『魔術』
2018.8.25[Sat]『ヘルメス文書』
2018.9.10[Mon]『イタリア・ルネッサンス
2018.9.27[Thu]『ジョルダーノ・ブルーノとヘルメス文書
2018.10.2[Tue]『ヘルメス文書(もんじょ)』
2018.10.5[Fri]『ジョルダーノ・ブルーノのエジプト主義』
2018.10.11[Thu]『グノーシス主義に於ける古代宇宙論』
2018.10.18[Thu]『ヘルメス文書』
2018.10.23[Tue]『二元論』
2018.11.5[Mon]『四元素』
2018.11.7[Wed]『再び…アクタイオンの死』
2018.11.10[Sat]『悲観的世界観』
2018.11.14[Wed]『ポイマンドレースの天地創造』
2018.11.17[Sat]『人間(アントローポス)の救済 〜其の1』
2018.11.18[Sun]『人間(アントローポス)の救済〜 其の2』
2018.11.29[Thu]『ジョルダーノ・ブルーノの形而上学』
2018.12.3[Mon]『三部の教え 其の一』
2019.1.12[Sat]『グノーシス主義 其の十一』
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『ヘルメス・トリスメギストス(ポイマンドレース)』…
彼の『ヘルメス文書』の全文を引用することとする…

(以下)
―――――――――――――――――――

『CHI ー ヘルメス・トリスメギストスなるポイマンドレース』

ある時私の中で、
真に存在するものについての省察が始まり、
思考の力が甚だしく高まり、
食事に満腹したり身体が疲れて
眠りに引きずり込まれる人のように、
身体の諸感覚が停止した時、
そこに誰か途方もなく巨大な人が居合わせて、
こう話しかけながら私の名を呼んでいるように思われた。
『お前は何を聞き、眺めたいのか。
何を知解して学び、認識したいのか』

私は言う『でも、あなたはどなたなのですか』
彼が言う『私はポイマンドレース、絶対の叡知である。
私はお前の思い計りを知り、
何処にあってもお前と共に居るのだ』

私は言う『私は存在するものを学び、
その本性を知解し、神を認識したいのです』

また言った『私はどんなに(それを)聞きたいことでしょう』
彼が再び私に言う『お前が学びたいと思っていることを
すべて自分の叡知に留めて置きなさい、私が教えてあげよう』

こう言うと、彼は姿を変じた。と、
たちまちにわかにすべてが私の前に開けていた。
私は測り知れぬ眺めを見る。
そこに生じているすべては光であり、(その光は)美しく、
喜ばしく、見ているうちに私は 愛を抱いた。
それから暫くすると、闇が垂れ下り、部分部分に分れ、
恐ろしく、嫌悪を催すものとなり、
曲りくねって広がり、私には、蛇のように見えた。
それから、闇は湿潤なフュシスのようなものに変化した。
それは名状し難いほどに混沌とし、火のように煙を発し
言い表わすことのできない、
哀訴の叫び声のようなものを発していた。
それから、何を言っているのか分らないが、
火の音のような叫びがフュシスから出ていた。

さて、光から聖なるロゴスがフュシスに乗った。
すると、純粋な火が湿潤なフュシスから出て上へと立ち昇った。
その火は敏捷で軽快であり、同時に活発であった。
また、空気は軽かったので霊気(すなわち火)に続いて行った。
すなわち、空気が土と水を離れて火の所にまで昇り、
あたかも火からぶら下っているかのようだったのである。
ところで、土と水は互いに混り合い、
土は水から見分けることができないほどであった。
それ(混り合ったもの)は、
覆っている霊的ロゴスに聞き従い、動いていた。

ポイマンドレースが私に言う
『この眺めが一体何を意味しているのか知解したか』
そこで私は言った『認識したいと思います』
彼が言った『あの光は、私であり、お前の神なるヌース(報知)であり、
闇から現れた湿潤なフュシスより以前にある者である。
ヌースから出た、輝くロゴスは神の子である』
私は言う『一体、どういう事ですか』
『かく認識しなさい。
お前の内で見聞きしているものは主からのロゴスである。
他方、(お前の内に見ている)ヌースは父なる神である。
と言うのは、これらのものは互いに分たれないからである。
すなわち、命はこれらのものの結合である』
私は言った『あなたに感謝します』
『では、確かに光を知解し、これを認識するように』

彼は長い時間、こうしたことを語りながら私を凝視していた。
それで、私は彼の相貌に震え上った。
しかし、私はたじろぎながらも
自分の叡知の内に見た、それは光が無数の力から成り、
世界が限に広がり、火が甚だ強い力によって包まれ、
力を受けつつ序列を保っている様である。
私はポイマンドレースの言葉によって
これらのものを見、思いをめぐらせた。

さて、私が驚愕していた時、彼は再び私に言う
『お前は自分の親知の内に(世界の)原型を見たのだ。
その原型は無限の始めよりも以前からあったものである』
このようにポイマンドレースは私に語ったのである。
私は言う『それでは、フュシスの諸元素は何処から成立したのでしょうか』

これについて彼が再び語った、
神の意志からである。この意志がロゴスを受け、
美なる世界(報知的世界)を見てこれを模倣し、
自分の元素と生じたものすなわち霊魂によって
自ら(感覚的)世界となったのである。

さて、神なるヌースは男女であり、
命にして光であるが、ロゴスによって
造物主なるもう一人のヌースを生み出した。
彼は火と霊 気の神であって、ある七人の支配者を造り出した。
この者たちは感覚で把握される世界を円周によって包んでいて、
その支配は運命と呼ばれている。

神のロゴスはただちに下降する元素から飛び出して、
ヒュシスの 清い被造物の中に入り、
造物主なるヌースと一つになった
それ(ロゴス)は造物主なるヒュシスと同質であったからである。
そこでフュシスの下降する元素は、
ロゴス無きままに取り残され、質料は孤立して存在した。

さて、造物主なるヌースはロゴスと共にあって、
世界の円周を包み、これをシュルシュルと回す者であって、
自分の被造物を回転させ、
限りない始めから無限の終りの時まで
回転するままにしておいた。
それは、終る所で始まるからである。
ところで、被造物の円転運動は、ヌースの意のままに、
下降する元素からロゴス無き生き物をもたらした
それはロゴスを持っていないのである。
すなわち、空は飛ぶものを、水は泳ぐものをもたらした。
それから、土と水とは、ヌースの意のままに、互いに分離し、
土は自分の中から孕んでいたもの、
すなわち四足獣へと這うもの、野獣と家畜とを産出した。

さて、万物の父であり、
命にして光なるヌースは自分に等しい人間を生み出し、
これを自分だけの子として愛した。
と言うのも、彼は父の像を持っていて甚だ美しかったからである。
すなわち、父も 本当に自分の似姿を愛したので、
自分の全被造物をこれに委ねたのである。

そこで人間は天界の火の中に造物主の創造を観察し、
自らも造物したいと思った。
そして彼はこれを父から許可された。
(世界の)全権を得ようとして彼は造物の天球に至り、
兄弟の被造物(七人の支配者)を観察した。
すると、彼ら(七人)は彼を愛し、
それぞれが自分の序列(に属するもの)を彼に分け与え始めた。
彼らの本質を学び尽し、彼らの性質に与ると、
彼は円周の外輪を突き破り、
火の上に座する者の力を観察したいと思ったのである。

そして、死ぬべき、ロゴス無き生き物の世界に対する全権を持つ者。
人間は、天蓋を突き破り界面を通して覗き込み、
下降するフュシスに神の美しい似姿を見せた。
フュシスは、尽きせぬ美しさへと、支配者たちの全作用力と、
神の似姿とを内に持つ者を見た時、愛をもって微笑んだ。
それは水の中に人間の甚だ美しい似姿の映像を見、
地上にその影を見たからである。
他方彼は、フュシスの内に
自分に似た姿が水に映っているのを見て
これに愛着し、そこに住みたいと思った。
すると、思いと同時に作用力が働き、
彼はロゴス無き姿に住みついてしまったのである。
するとフュシスは愛する者を捕え、
全身で抱きしめて、互に交わった。
彼らは愛欲に陥ったからである。

この故に、人間はすべての地上の生き物と異り
二重性を有している。
すなわち、身体のゆえに死ぬべき者であり、
本質的人間のゆえに不死なる者である。
不死であり、万物の権威を有しながら、
運命に服して死ぬべきものを負っている。
こうして(世界)組織の上に立つ者でありながら
その中の奴隷と化している。
男女なる父から出ているので男女であり、
眠ることのない父から出ているので
眠りを要さぬ者であるのに、愛欲と眠りによって支配されているのだ。

その後に(私は言った)
『私のヌースよ、私自身もその話を聞きたいのですが』
するとポイマンドレースが言った
『それはこの日に至るまで隠されて来た奥義である。
フュシスは人間と交わって世にも驚くべき事を引き起したのである。
と言うのは、七名の者たち この者たちが火と霊気とから出たことは
すでにおまえに話した通りであるの組織の性質を彼が持っているので、
フュシスは我慢ができず、直ぐに七人の人間を生み出したからである。
この人々は七人の支配者が持つ性質に応じて男女であり、直立していた』
その後に(私は言った)
『ポイマンドレースよ、
私はもう深い情熱に打たれ話の先を聞くことを熱望しています。
主題をそらさないで下さい』しかし、ポイマンドレースは言った、

『いや、沈黙していなさい。
私はまだ第一の点を語り明かしていないのだから』
私は言った『御覧の通り、沈黙しております』

さて、今言ったように、
これら七人(の人間)の誕生があったのであるが、
それは次のようにしてである。
土は女性であり、水は男性であった。
下降するフュシスは火からの成熟と、
天空からは気島を受け取り、
人間の像にならって身体を産出した。
人間は命と光から魂と叡知の中に移った。
すなわち、命から魂に、光から叡知の中に。
そして、感覚的な世界にある万物は周期の終りと
諸種族の始まりの時までそのままの状態に留っていた。

お前が聞くことを熱望している話を更に聞くがよい。
周期が満ちると、万物の絆が神の意志によって解かれた。
すべての生き物と人間とは男女であったが分離され、
一方は男性になり、他方は女性になった。すると、
直ちに神は聖なる言葉によって言った。
『もろもろの造られしもの、また被造物よ、
殖えに殖え、満ち満ちよ。また、叡知を持てる者、
自己の不死なることを、愛欲が死の原因たることを、
しかして一切の存在せるものを再認識すべし』

神がこう言った後、摂理は運命と組織(の性質)とを通じて
交接 というものを決まりとし、生誕というものを定めた。
すると、すべ てのものが種族毎に満ち広がった。
そして、自己を認識した者は溢 れるばかりの善に至った。
しかし、愛欲の迷いから生じた身体を愛 した者は、
さ迷いながら闇の内に留り、
死をもたらすものを感覚によって味わっていた」。

私は言った
『どうして無知な者らはこれほどまでに過ちを犯すのですか。
不死性を失うと言うのに』
『これ、お前は聞いたことに注意していないようだ。
知解するよう にと言ったではないか』
『知解しています。覚えています。また同時に感謝しています』
『知解したのなら、私に言って見なさい。
死の内にある者らはなぜ死にふさわしいのか』
『個々人の身体よりも前に、先ず嫌悪を催す闇があり、
そこから湿潤なフュシスが出、
そこから身体が感覚的な世界の内に成立し、
それから死が流れ出ているのです』

『よし、おまえは正しく知解した。
それでは、神の言葉が言うように
『自己を知解した者は彼(神)に帰る』のはなぜか』
私は言う『それは、一切の父が光と命とから成り、
人間は彼から生れたからです』
『おまえの答は正しい。神にして父なる者は光であり命である。
人間は彼から生れた。そこで、神が光と命とからなることを学び、
自らもこれらから成ることを学ぶなら、お前は再び命に帰るであろう』

こうポイマンドレースは語った。
私は言った『でも、もっと私に語って下さい。
この私はどのようにして命に帰るのでしょうか、
わがヌースよ。と申しますのは、神が、
『叡知を持てる人間は、自己を再認識すべし』と言われるからです。

すべての人間が叡知を持ってはいないのですか』
『これ、沈黙しなさい。私、ヌースは自ら、
聖き者、善なる者、清い者、隣む者、
すなわち敬虔な者の傍らにある。私の臨在は助けとなる。
彼らは直ちに一切を悟り、愛をもって父を有め、
愛着をもって父に向きを変え、感謝し、
栄と讃歌を唱え、身体を死の定めに渡す前に
諸感覚を憎悪するのである。
なぜなら、彼らは感覚の働き(が何か)を
知っているからである。
と言うより、私、ヌース自らが
身体の敵対的な働きの成就を許さないのである。
私は門番として、悪い汚れた働きの入口を塞ぎ、
そうした思いの進入を妨げるのである。

しかし、無理解な者、悪しき者、邪まな者、妬む者、貪欲な者、
人殺し、不敬虔な者から私は遠く離れており、
懲罰のダイモーンに 事を委ねている。
この者が火の鋭さを増し加え、感覚を通じてへその人を攻め、
一層不法へと駆り立てる。そのために、人はより大きな罰を受け、
欲情を抱くままに限りない欲望から休まることがなく、
飽くこともなく闇の戦いを続ける。
こうしてダイモーンは、この人を苦しめ、
この人の上にますます火を積み上げるのである』

『ヌースよ、あなたは私の望み通り、
十分に一切のことを教えて下さいました。
そこで次に、来たるべき上への道へについて語って下さい』
これについてポイマンドレースは語った、

『先ず、物質的な身体の分解において、
お前は身体そのものを変化に引き渡し、
お前の有する形姿は見えなくなる。
そして(身体の)性向 をダイモーンに引き渡して無作用にする。
また身体の諸感覚は、部分部分に分れ、
共々に上昇して再び作用力を得つつ、自分の源へと帰昇する。
また、情熱と情欲とはロゴスなきフュシスの中に帰る。

こうして人間は、界面を突き抜け、
さらに上へと急ぎ、
第一の層 には増減の作用を、
第二の層には悪のたくらみを、計略を、無作用のまま、
第三の層には欲情の欺きを、無作用のまま、
第四の層には 支配の顕示を(もう)願わしくないまま、
第五の層には不遜な勇気 と敢えてする軽卒を、
第六の層には富の悪しき衝動を、無作用のまま、
第七の層には隠れ潜んだ虚偽を返す。

すると、彼は組織の作用力から脱し、
本来の力となって第八の性質に至り、
存在する者たちと共に父を讃美する。
そこに居る者たちは彼の到来を喜ぶ。
彼は共に居る者たちと同化され、
また、第八の性質の上にいる諸力が
何か甘美な声で神を讃美しているのを聞く。
すると、彼らは秩序正しく父のもとに昇り、
諸力に自らを引き渡し、
諸力となって、神の内になる。
神、これこそが認識を有する人々のための善き終極である。
そこで、お前は何をためらっているのか。
一切のことを伝え受けた以上、
人間の種族がお前を通し神によって救済されるために、
(それに)ふさわしい人々のための道案内となるべきではないのか』

これらのことを告げると、
わがポイマンドレースは諸力と一つになった。
私は自分のすべてなる父に感謝し、讃美した後、力を受け、
万有の本性と最も偉大な眺めとを学び受けて、彼から遣わされた。
そこで、私は敬虔と知識との美しさを人々に宣べ始めたのである。
『民よ、土から生れた者どもよ、酔いと眠りと神に対する無知に
自己を開け渡している者どもよ、目覚めるのだ。
ロゴスなき眠りに魅せられた、酩酊の様をやめるのだ』

すると、聞いていた人々は心を一つにして集まって来た。そこで私は言う、
『土から生れた者どもよ、どうして自己を死に開け渡すのだ。
不死に与る権威を受けていながら。悔い改めるのだ。
迷いを道連れにし て無知を仲間とする輩よ。
間の光から離れ朽ちるものを棄て、不死に与るのだ』

それから、彼らのある者はからかいながら去って行き、
死の道に身を開け渡したが、別の者は私の足下に身を伏せ、
教えを請おうとしたのであった。そこで私は彼らを起こし、
人間の種族の道案内となり、
どのようにして如何なる様で救済されるかについて教えを語り、
人々に知恵の言葉を蒔いたのである。
人々は不死の水によって養われた。
それから夕方になって、
太陽の輝きがすっかり沈み始めたので、
私は人々に神に感謝するよう命じた。
それで人々は感謝の勤めを果たし、それぞれ自分の家路に着いた。

私はポイマンドレースの慈しみを心に刻んだ。
そして、望んでいたものを満たされて、歓喜にひたった。
なぜなら、身体の眠りが魂の目覚めとなり、
肉眼を閉じることが真の開眼となり、
私の沈黙が善を望むものとなり、
言葉を出すことが善行の実を結ぶこととなったからである。
これが私に起こったことなのである。
それは私が自分の叡知、すなわちポイマンドレース、
絶対のロゴスから受けたものである。
私は神の真理の霊に満たされてここに至ったのだ。
だから全霊、全力をもって父なる神に栄を献げる。

聖なるかな、わがすべてなる神にして父なる者。
聖なるかな、その意志が御自身の諸力によって遂げられ給う神。
聖なるかな、御自分の者らに認識されることを望み、認識され給う神。
聖なるかな、み言葉によって、存在するものを構成し給いし。
聖なるかな、全自然がその似像として生れしみ。
聖なるかな、フュシスによって形造られ給わざりし。
聖なるかな、あらゆる力よりも更に強き汝。
聖なるかな、あらゆる卓越よりも更に優れたるみ。
聖なるかな、数々の称賛に勝り給う。
あなたに向って引き上げられた魂と心の(献げる)清い、
言葉の犠牲 を受け入れて下さい。
表現し難き方、言い難き方、沈黙によって 呼びかけられる方よ。

私は我々の(真の)本質に関する知識から
堕落することのないように祈り求めます。
それを許し、私を強めて下さい。
そうすれば、私は、人間の種族の中の無知の状態にある者たち、
私の兄弟たち、あなたの子らをこの恵みによって照らすでしょう。
こうして私は信じ、証しします。
私は命と光の中へ帰るのです。
父よ、あなたは誉むべき方です。
あなたの人間はあなたの聖さに与りたいと願うのです。
あなたが彼にすべての権威を授けられたが故に。

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『日出づる処』
https://www.youtube.com/watch?v=ur6I3WHxXwA

2019.1.18[Fri]
『グノーシス主義 其の十七』

『グノーシス主義』を語る上に於いて
再び、無意識心理学者『ユング』を取り上げてみたいと想います…

( 2018.10.20[Sat]『フロイトとユングの(グノーシス的)無意識心理学』・参照)

『ユング』は、此の世界における『悪』の問題を取り上げており
『実在』としての『積極的・活動的な存在』であると主張している…

かつて『トマス・アクィナス』は『悪』とは『善の欠如』であると説いたが
此の主張とは異なる意味を持つのである…

『ユング』の言う『悪』とは
『グノーシス主義』における『デミウルゴス』の存在を指しているのだ…

さて、此処で話を変える…

少数派の『宗教』を別として…
『キリスト教』『仏教』『イスラム教』によって
『地球』に存在する『人類』の殆どが括られる…

『イエス・キリスト』は…
『幸福なるかな、悲しむ者、その人は慰められん』と言い…
また『されど我は汝らに告ぐ、悪しき者に抵抗ふな。
人もし次の右の頬をうたば、左をも向けよ 』と語った…

『仏教』も…
惜しむ心なく、喜んで『施捨』すること…
『施捨』は『仏・法・僧』の三宝を守るためでもあり『貧者への救済』を述べている…

『イスラム教』も…
その信徒の義務として『五行』の一つとして『困窮者』を助けるための
義務的な『ザカート(喜捨)』を説いている…

各々の『宗教』が『清らかに生きる』ことを説いているにも関わらず、
実際に、此の世界を眺めてみれば
さまざまな『不公平』『不正』『悪事』が溢れていることを
どのよふに捉えるべきか…といふことなのだ…

さて『ユング』に話を戻す…

『ユング』は、第一次世界大戦…
更には、第二次世界大戦終結の後の時代まで生きていた…

冒頭で触れた『実在』としての『積極的・活動的な存在』…

此れを、分かりやすく言い換えれば…
『悪霊』が積極的に『人間』に働きかけて『悪』を成させる…
(無意識的な悪意)の意味である…

どのよふな『宗教』を持ってしても…
世界に蔓延る、さまざまな『不公平』『不正』『悪事』に対する
『解決策』を得られないことはアプリオリなことであるが
(宗教が、世界に混乱をもたらしている側面も数多ある…)

わたしにとっては『グノーシス主義』に着眼するといふことが
何かしらの意味を持ってくるものなのである…

(グノーシス主義・完)

2019.1.17[Thu]
『グノーシス主義 其の十六』

『グノーシス主義』によれば
此の世は『偽りの世界』であるといふことを
認識することが大きな『悟り』…

『デミウルゴス』によって創造された
『肉体』も『心魂』も朽ちて行く此の宇宙(コスモス)…

それに対し『グノーシス』を認識することによって
やがては帰還してゆける永遠の世界『プレーローマ』…

此の二つの宇宙あるいは世界が『グノーシス主義』に於いては
『反宇宙的二元論』を構成する大きな動機…

『反宇宙的』とは『デミウルゴス』が創造した世界・宇宙を
受け入れないといふ意味での『反宇宙的』…

『二元論』とは言ふまでもなく
『至高神』と『デミウルゴス』…
『我々が住まふ宇宙』と『プレーローマ』の二元対立である…

然し乍ら…
『グノーシス主義』に於いては
『霊(モナド)』を保持しているのは
此の世に於いては『人間(アントローポス)』のみである…

『造物主デミウルゴス』でさえ
『霊(モナド)』を保持していないのだ…
畢竟『終末論』に於いては
『造物主デミウルゴス』は『救済』の対象とはならない…

『人間(アントローポス)』以外の其の他の『生命体』も同様に
『霊(モナド)』を保持していないため
『救済』の対象ではないと説く『不可解』な教説なのである…

『救済』の対象が『人間(アントローポス)』のみに限局されるなど
どうしてあり得ようか…
此の世に存在する
全ての『生命体』は『救済』されるべき…

『グノーシス主義』は
やはり『太陽系第三レベルの教説』であることが理解できるのです…

(其の十七へ続く)

2019.1.16[Wed]
『グノーシス主義 其の十五』

『グノーシス主義』に於ける『ハイアラーキー』…

『グノーシス主義』は
『至高神』と『デミウルゴス』あるいは
『プレーローマ』の位と『物的宇宙創造』の位を
厳しくはっきりと区別する…

此の世…
つまり、壊れる可き『命』に限りのある宇宙は
実は『デミウルゴス』の創造の技であると解釈する…

『人間』は『プレーローマ』に近づけない故に
『肉体』に閉じ込められ
『肉体』の崩壊と共に『無』に帰する魂を持つのである…

然し乍ら『デミウルゴス』は、この世の支配者であっても
『至高神』ではないのである…

『至高神』は『グノーシス主義』に於いて
『プレーローマ』に位置している…

『人間』は『霊(モナド)』と
『心魂(アストラル体、メンタル体、コーザル体)』と
『肉体(物質)』の三つから成立しており
『心魂』と『肉体』は『デミウルゴス』の創造になるものであるが…

『霊(モナド)』は『オグドアス・アイオーン(第八の恒星天)』
あるいは『プレーローマ』に由来しているものである…

『人間』は『心魂』と『肉体』に於いて
此の世に存在する者としては
極めて『惨めな境遇』に存在するのであるが
『霊(モナド)』を持っていることにより…

言い換えれば『プレーローマ』の魂を秘めているが故に
『救済』の可能性を持つ存在なのである…

『人間の救済』の可能性は、これら自身が秘教であり
真実の知識であるが故に『グノーシス』と呼称される…

此処で話は大きく逸れて…
『仏教』に於ける『ハイアラーキー』へと移行する…

『阿修羅』は『鬼神』である…

元々は『第六亜界』の最上位
『三十三天(とうりてん)』に存在したのであるが…

幾度にも渡って『帝釈天(たいしゃくてん)』に戦いを挑み
遂に『人間界』である『金輪際(こんりんざい)』よりも
下に位置する『修羅界』に追放されたのだ…

『修羅界』とは…
『須弥山(しゅみせん)』と
『持双山(じそうさん)』に狭まれた海の
水深18万キロの海底である…

( 2018.10.14[Sun]『仏教に於ける宇宙観』・参照)

『阿修羅』は『釈迦』に帰依して
一切の休みなく、此れを『守護』しているのだ…

『三十三天(とうりてん)』と
プレーローマが位置している『贍部州(せんぶしゅう)』の
位置関係に注目…(以下)

( 2018.12.9[Sun]『三部の教え 其の七』・参照)

―――――――――――――――――――
『国宝 阿修羅像』
https://www.youtube.com/watch?v=WIU8CTn6VMg
―――――――――――――――――――

(其の十六へ続く)

2019.1.15[Tue]
『グノーシス主義 其の十四』

『仏教』に於ける『諸行無常』…

此の世界は『幻影』であり
本当は実在していないといふ思想…

つまり『夢』や『虚構』のよふなものだと考える箇所は
『グノーシス主義』に近似しているところでもあります…

『グノーシス主義』は、其の箇所に
『プレーローマ』があると考えた…

『人間』の『モナド(霊)』は不滅であり
『肉体』『心魂』の死をも超えて
『プレーローマ』に達するのだと…

『真の世界(プレーローマ)』は
『仏教』に於いての『涅槃』『極楽浄土』と
非常に近似しているのだ…

『仏』の慈悲によって『西方浄土』に生まれ変わり
永遠に暮らすことができるといふ境地と
そっくりなのである…

(其の十五へ続く)

2019.1.14[Mon]
『グノーシス主義 其の十三』

現代の『イスラム教』の宗派の中でも特に秘教的で
『ミトラ教』や『マニ教』の影響の濃い
『スーパー・シーア派』は『現代神智学』に直結するものです…

畢竟『カバラ』…
( 2018.12.9[Sun]『三部の教え 其の七』・参照)

何故、此処で『スーパー・シーア派』を
取り上げるかと言いますと…

『スーパー・シーア派』は
『グノーシス主義』の教説者たちのよふには
他の教義を『冒涜』しないからです…

『スーパー・シーア派』は基本的に
『旧約の神』も『ユダヤ教』も
『キリスト正統派』の教義も認めています…

其のよふな観点から『グノーシス主義』を見てみますと
非常に狭く、特異な思想であることが伺えます…

此処で大切になってくるのが
いわゆる『正統性』といふものを
どのよふに捉えるのかといふこと…

『ルネッサンス期』の時代までは
いわゆる『天動説』が『正統性』を保持していました…

然し乍ら、此の時期に『コペルニクス』や
『ジョルダーノ・ブルーノ』などのよふに
『地動説』を唱える者たちが現れてきた訳なのです…

『コペルニクス』は非常に慎重派でしたので
『処刑』の難を逃れましたが…

『ジョルダーノ・ブルーノ』は、危険視され
ローマの『カンポ・デ・フィオーリ広場』で
『火刑』されて終ふのです…

『正統』vs『異端』の対決は
古代から今現代に於いても
決して消えることなく残っているのです…

(其の十四へ続く)

2019.1.13[Sun]
『グノーシス主義 其の十二』

『オウディウス』によって著された
全十一巻からなる『変身物語』は…
別名『黄金のロバ』と呼ばれる哲学的、宗教的な長編小説…

『変身物語』は…
『オウディウス』に留まらず…

『アプレイウス』(著)に於ける『黄金のロバ』…
『アントニウス・リベラリス』(著)に於ける『変身物語集』として
現代に脈々と繋がっている…

『ジョルダーノ・ブルーノ』の『無限宇宙』の概念は
此れに於ける次元で、あらゆるハイアラーキーを破るのだが
言語表現の空間の広がりを現す一つの『指標』に於いては
構文規則と語彙とを『文法学者』や『科学者』の形式主義から解放し
自然が有する『多様性と実りを文学』のために取り戻している…

此処に『ジョルダーノ・ブルーノ』の驚くべき『現代性』が示される…
『宇宙』は単に『数学的な概念』によって証明できるものではない…

勝ち得た『諸真理』を越えて『発見』し
『探求』し『認識(グノーシス )』するものが何もないかのように
最終的なものと見做すのは、理不尽な思想…

『ロバ』が示すのは
『外見』を信じてはならないこと
知への『探求』には終りがないこと
『自然とわれわれの知』は
移ろいやすさと時の流れとともに移り変わることに
『支配』されているということである…

そして『ロバ』が何にも優って教えてくれるものは
『忍耐』と『労働』が、いかなる領域においても
『探求』を始動し『肯定的な成果』を挙げるために
不可欠な『資質』であるということである…

さて、此処で本日の本題に入る…

『グノーシス主義』が説く『偽の神』は
世界創造者という意味の旧約の神『デミウルゴス』…

『ヤルダバオート(世界主)』は、多くの『グノーシス主義』において
『第一のアルコーン』または『デミウルゴス』の名で呼称される…

『グノーシス主義』の『宇宙創生神話』は
『教義』を成立させるべくして産み出された『虚構の産物』である…

然し乍ら『人間』が誕生し、生き、死んでゆく『此の世界』は
『至高神』ではなく『偽の神』である『デミウルゴス』が創造したもの…

土や水へと分解して行く、われわれの此の『肉体(物質)』
あるいは『肉体』の死と共に崩壊するこの『心魂(幽体・原因体)』も
共に『偽の神』である『デミウルゴス』が創造したものである…

例えば『グノーシス主義』の『ナグ・ハマディ文書(救済神話)』の中の
『ヨハネのアポクリュフォン』といった教典において…

『ヤルダバオート(世界主)=デミウルゴス』は
世界・宇宙を創造したのは自分であると主張し
自分以外に別の『神』はいないと主張する…

何故ならば『ヤルダバオート(世界主)=デミウルゴス』は
『サナト・クマーラ(至高神・プロパトール)』に
直接、任命された『神』であったといふ背景があったからである…

『グノーシス主義』の教説者たちは
多くの人々が信じ崇めている『神』は『地獄の悪霊』であると考えた…

『デミウルゴス』が『我こそは真の神』と主張したのは
『地獄の悪霊』を信じ崇めている人々に対して言い放ったのであり…

『グノーシス主義』の教説者たちは
『デミウルゴス』は『サナト・クマーラ(至高神・プロパトール)』の
代理人であるといふ意味合いで捉えたのである…

『グノーシス主義』の教説者たちは
そふいった意味から、全く別の信仰原理を打ち立てていたのであり
『旧約の神』が『デミウルゴス』であり『ヤルダバオート(世界主)』であり
『第一のアルコーン』であると見做したのだ…

『デミウルゴス』は、自分が創造した『天使たち』に対して
自分は『嫉妬深い神』であると述べる…

この言葉から逆に『天使たち』は『デミウルゴス』の上位に
別の『真の神』が存在することを認識(グノーシス)する…

『グノーシス主義』の教説者たちは
『ユダヤ正統派』や『キリスト正統派』にとっては
『冒涜』とも言える主張を平然と説いたのである…

話は逸れて終うが…

『阿吽(あうん)』とは『サンスクリット』に於ける
『仏教の呪文』である…

『阿』とは『口を開いて最初に出す音』ことの意味であり…
『吽』とは『口を閉じて出す最後の音』ことの意味である…

前者は『真実や求道心』…
後者は『智慧や涅槃』である…

――――――――――――――――――――――
『日出づる処』
https://www.youtube.com/watch?v=ur6I3WHxXwA
――――――――――――――――――――――

(其の十三へ続く)

2019.1.12[Sat]
『グノーシス主義 其の十一』

掲載画像は
昨日も触れた『変身物語(別名:転身物語)』…

古今東西の文学や哲学に精通していた
『オウディウス』によって著された『寓話』…

ギリシャ・ローマ神話の『集大成』である…

『オウィディウス』は…
イタリア半島を縦走している
アぺニヌス山脈の谷にあるスルモの町に
富裕な騎士の息子として、紀元前43年に生まれた…
ローマで高等教育を受け
父の希望で弁護士になるために修辞学をならい
法律をおさめて、政界に入ろうとした…
然し乍ら、彼の『天賦』は、其処にはなく
遂に、文学に身をゆだねて『詩人』となった…
伝えるところによると
彼が時に『散文』を創ろうと努めても
出来上がったものは『詩』であったらしい…

此処で話を変える…

『ジョルダーノ・ブルーノ』は
彼の著作『英雄的狂気』の中で
『変身物語』の神話モティーフ『アクタイオンの死』を
『詩』に詠い込んでいる…

(以下)
――――――――――――――――――――
森にてマスティフとグレイハウンドを放つは
若きアクタイオン
そのとき運命は
彼に疑わしくおぼつかない歩みを進めさせる
森の獣の痕跡をたどらせて
そこに水のあいだに
死すべき者と神とが見うる
もっとも美しき胸と顔が

雪花石膏
純金をまとったそれが
見えかくして偉大なる狩人は狩られる身となる
鹿は奥深い場所へ
いとも軽き足取りで進みゆく
けれど彼の巨大な犬の群れに
またたくま喰い殺される
わたしの思考をわたしは広げる
いとも高貴な獲物に向けて
すると思考は戻り来て
惨き獣の牙でわたしに死をもたらす
――――――――――――――――――――

上記の『ジョルダーノ・ブルーノ』の『詩』…

彼が、何故ゆえに『アクタイオンの死』に
着眼したのかは全くもって不明である…

然し乍ら『ジョルダーノ・ブルーノ』によれば
ここで『アクタイオンの死』が意味しているのは
『神的な知恵の狩猟』であり
また『神的な美の把握を志向する知性』である…

其の意味で『ジョルダーノ・ブルーノ』は単に
『古代神話』を詠っている訳ではないのだ…

古代にあって『アクタイオンの死』は
ギリシャからローマにわたり
『傲慢な人間の挫折の寓話』として理解されてきた…

然し乍ら『ジョルダーノ・ブルーノ』によれば
『アクタイオンの死』は、決して『挫折』を意味しない…

それどころか『探究』が成し遂げられ
『神々の生』にも比される
『至高の生』に到達するといふのだ…

このよふにして『アクタイオンの死』は
『ジョルダーノ・ブルーノ』にあって
『至高の生の寓話』へと変貌する…

『アクタイオンの死』を『挫折』でなく
『成就』と見做す『ジョルダーノ・ブルーノ』の源泉として
『プラトン主義』や『ユダヤ教神秘主義』
あるいは『グノーシス主義』や『ヘルメス主義』など
多彩な『思想の伝統』が見受けられるのである…

つまりは『相反と流転』についてである…

人間は『技術(アルス)』によって
『自然』の所在を探し求め『神』を知ろうとするが
『自然』という厚い壁は、人間が其れに近づくことを
厳しい態度で『峻拒』する…
然しながら『真理』に憧れる人間は
『狂おしいまでの情熱』で
此の『神的秘密』を探求するのだ…

わたしが、ここ数ヶ月間…
『ヘルメス主義』や『グノーシス主義』関連の
文献を漁ってきた理由は、其処にあるのだ…

わたしにとって『ヘルメス主義』や『グノーシス主義』探求は
あくまでも『ジョルダーノ・ブルーノ』探求の
『プロローグ』に過ぎない…

わたしの『歩むべき道』は
果てしなく遠く、また険しい…

『グノーシス主義』についての『探求(備忘録)』も
あと残すところ僅か、数日である…

其の後、もふ一度『ヘルメス文書』に立ち返った後…
少しの間、自分自身に『休息』を与えたい…
今のわたしは、非常に疲弊している…

わたしの元に『ジョルダーノ・ブルーノ』が
『降臨』してくれることを、信じて待つのだ…

さて、本日の本題に入ることとする…

『グノーシス主義』は、数多存在する教祖によって
または其の信仰系統ごとに様々な教説が存在していたのであり
此れが『グノーシス主義』という決定的なものは
事実上存在しなかったのである…

このことは、初期キリスト教(キリスト正統派)についても同様に言えるのであり…
『初期キリスト教』は、一大勢力を誇った『マルキオンの教説』を排斥するため
『神』を『旧約聖書』『新約聖書』共通のものとしたのである…

すなわち、旧約における『造物主デミウルゴス』と
『イエス・キリスト』を犠牲とする
新しい『無償の愛の神』という(新約)信仰概念の
二つの神を調和させるために
旧約聖書の記述を、象徴的に解釈する道を選んだ…

『マルキオン』は『造物主デミウルゴス』と
新約の『イエスの父なる神』という二つの『神』を、厳しくはっきりと区別したが
他の『グノーシス主義』とは異なり『宇宙創造神話』を新たには構成しなかった…

( 2018.10.21[Sun]『マルキオン』・参照)

『マルキオン』の教説では、新約の『イエスの父なる神』は
この宇宙を創造した『造物主デミウルゴス』とは別の神であるが
ヤハウェの上位(プレーローマ)に立つ『至高神』というわけではなく…

新約の神は、いわば『異邦の神』であり
この『宇宙』とは全く関係のない神であり
根拠なくして『無償の愛と救済』を『人間』に与えてくれる神であると説いた
『マルキオン』のこの教説は『グノーシス主義』としても特異なものである…

『キリスト教』の公的な教説では、旧約の『造物主デミウルゴス』と
新約の『イエスの父なる神』は、同じ神の二つのものであり
イエスが『父よ、我が父よ』と呼び掛けた神は
旧約における『造物主デミウルゴス』である…

だが『グノーシス主義』に於いては
旧約の『造物主デミウルゴス』と
新約の『イエスの父なる神』は、全くの別の『神』である…

様々に分化し、教義的にも多様な『グノーシス主義』諸派の中…
どの教説においても一致して強調されるのは
『造物主デミウルゴス』は、此の世界・宇宙を創造した『神』ではあるが
あくまでも『偽の神』であり、此の上位世界である『プレーローマ』に
存在する『至高神(プロパトール)』によって創造されたはずであるという考えである…

--------------------------------------------------------
『ROMA』
https://www.youtube.com/watch?v=1g7TrcIlpMk&frags=pl%2Cwn
--------------------------------------------------------

(其の十二へ続く)

2019.1.11[Fri]
『グノーシス主義 其の十』

本日は余談から…

掲載画像は…
『レオナルド・ダ・ヴィンチ』の紛失作品『レダと白鳥』の模写…
(レオナルド派の画家:チェザーレ・ダ・セストによるもの…)

『レダと白鳥』は…
我が『備忘録』で何度か触れてきた古代ローマの詩人
『オウディウス』(著)の代表作『変身物語』の
『ミネルヴァとアラクネ』に一箇所、記述がある…(以下)

アラクネが織る布地に
『白鳥の翼の下に身を横たえるレダを描き』と…

『変身物語』は以下を参照…

( 2018.9.12[Wed]『アクタイオンの死』・参照)
( 2018.9.28[Fri]『アモルとプシュケー』・参照)
( 2018.11.7[Wed]『再び…アクタイオンの死』・参照)

『変身物語』は…
宇宙開闢から『カエサル』の神格化に至るまで…
また『古代ギリシャ神話』や『古代ローマ神話』に於ける
さまざまな『変身』をモチーフにした『伝説』を網羅したもの…

『ジョルダーノ・ブルーノ』の思想に
非常に大きな影響を与えた『神話原典』である…

此処で大きく話は変わって…

ダン・ブラウン(著)の長編推理小説
『ダ・ヴィンチ・コード』の中で『ナグ・ハマディ文書』は
『アラム語』で書かれているとあるが、此れは誤り…
正しくは『コプト語』である…

さて、本題に入る…

其の『ナグ・ハマディ文書』中の諸文献を分類すると
さまざまな『グノーシス主義』が現れる…

非キリスト教的なもの、キリスト教化しつつあるもの、
キリスト教化したもの、ヘルメス文書といった分類…

『グノーシス主義』と『キリスト教』のあいだで
思想あるいは信仰の形態が、所与の間隔で
いかなる二点間でも無数の値をとり得て存在したということであり…

逆に言えば『キリスト教』の一つの変形としての『異端』ではなく
『キリスト教』とは独立した思想原理の上に立つ教えであった…

故に『グノーシス主義』というものは『キリスト教』にとって
大きな『敵対勢力』であったのである…

『グノーシス主義』は『キリスト教』とは別の『信仰原理』を立てていたのであり
それ故に、旧約聖書の神ヤハウェは、偽りの神であったとか
『イエス・キリスト』は真実には十字架上で死ななかったと説いたのである…

『グノーシス主義』は『ユダヤ教徒』や『キリスト教徒』にとっては
『冒涜』とも言える主張を、悪びれる風もなく説いた…

『キリスト教』内部においても
『イエス』は神より遣わされた『最高の預言者』であり
『人間』であったとする考えなどがあり
必ずしもキリスト教徒全員に
明白なこととして認められていたわけではないが
『グノーシス主義』の主張は、度々、極端に過ぎることが多く
そのことは『グノーシス主義』の影響下に於いて明らかなのである…

『トマスの福音書』という『ナグ・ハマディ文書』の文書が
『正統カトリックの教義』と容易になじまないことからも明白である…

(其の十一へ続く)

2019.1.10[Thu]
『グノーシス主義 其の九』

掲載画像は『ヨハネ福音書』…
『グノーシス主義』と関連する…

『グノーシス主義』というものは『キリスト教の異端』ではなく
実は『キリスト教』とは起源を別とする『異教』であるとする考えが
現代に於いては、広く全体に共通して認められている…
諸宗教の要素が混淆したシンクレティズム宗教ではないのだ…

『グノーシス主義』は
わたしにとっては以下(参照)のよふな景色である…

( 2018.10.24[Wed]『宇宙は輝き、旅を忘れる』・参照)

さて『キリスト教』は
『福音書』に見られる『イエスの教説』と
『パウロの書翰』に見られる新約思想…
つまり『イエス・キリスト』を犠牲とする
新しい『無償の愛の神』という信仰概念(新約)を
旧約の『造物主デミウルゴス』の概念と調和させようと
多様に思想的・信仰的に試行錯誤を繰り返した…

ところが一方『グノーシス主義』は『反宇宙的二元論』と
世界創造者としての偽の神『造物主デミウルゴス』と
救済者としての『至高神プロパトール』の二つの神の対比という
きわめてシンプルな信仰概念を元に
『新約聖書の原典』を自在に『改竄』し
また『旧約聖書』の記述を、勝手に都合のよいように解釈して
『ユダヤ教徒』にとっても『キリスト教徒』にとっても
受け容れ難い『神話』を構成したのだ…

ユダヤ教徒にとっては『造物主デミウルゴス』との契約は
神聖にして侵犯すべからざる信仰原理であったのであり…

またキリスト教徒にとっても
『イエスの十字架上における贖罪の死』という事実は
神聖なる信仰原理だったのである…

(其の十へ続く)



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